深い青、豊かな恵み、遥かな水平線……。私たちを魅了する海のロマン。
まあそれはそうなんだけれども、ぱっと見であまりやる気のなさそうな生き物がたくさんいるのもまた海である。個人的にはロマンよりこちらの方を支持したい。
例えばそれはイソギンチャク。ゆらゆらしているばかりで実体がよくわからない。
そんなイソギンチャクに特化した展示が行われていると聞いた。勝手なシンパシーを感じて見物してきたレポートをしてみたい。
(text by 法師丸)
●前傾姿勢でイソギンチャクに臨む
今回訪れたのは千葉県勝浦市にある「海の博物館」。常設展示でもさまざまな海の生き物たちが展示されているが、現在企画展として「イソギンチャクの世界」という展示が行われている。
副題は「水中に咲く花」。そういう視点は自分にはなかった。確かに美しい写真だと思うが、大きく出たなという感もある。
展示の序盤にある説明にも、イソギンチャクに肩入れするかのような文脈が見える。素人には判断できないのだが、イソギンチャクの専門書が続けて刊行されたという事実から「イソギンチャク好きの国民性」という言葉が出てくるものなのだろうか。
もちろんこれは批判的に言っているのではない。このくらい前のめりにイソギンチャクのことを考えてみたい。
遠い西の国・イギリス──産業革命、ビートルズ、そしてイソギンチャク。並べてみると意外となじむ。
生態を解説する展示にも、見学者が実際に実験をしているかのように見せる物語性が感じられる。槍糸を取り出して……押しつぶしてみると……刺胞びっしりと!!
刺胞びっしりと!! 助詞が省略されていることで高まる興奮がよく伝わってくる。
ただ、正直そこまで共感できないな、とも思う。
よくできたイソギンチャクの解剖モデルもあった。開いてみると、思っていたより楽しい感じになってるもんだと意外な気がした。何度かパカパカやっていると、子供がじっとこっちを見ていて我に返った。
●生体コーナーでフィーバー
わかりやすい学習コーナーも楽しいのだが、やっぱり目を奪われるのはイソギンチャクそのものが飼育されている水槽だ。のっけから予想以上のフィーバーぶり。
ミナミウメボシイソギンチャクという名前もユーモラスなのだが、自分の知ってる梅干とはちょっと違うのが気になる。こんなのが食卓に出てきたらかなり驚く。
こちらはまた別の趣きを漂わせるオヨギイソギンチャク。オヨギ=泳ぎ、じっとしてると考えがちなイソギンチャクにしてはエキサイティングな名前だ。実際に触手を動かして泳ぐらしい。
が、展示ではあくまでじっとしているオヨギイソギンチャク。身に危険が及ばないと動かないそうなのだが、ギリギリまで追い詰められないと行動しないという気持ちには共感できる。
他にも個性派ぞろいのイソギンチャクたち。白い触手をなびかせているのはヤドカリイソギンチャク。じっと見つめていると、そういえばこういう人っているよなと思わせられてくる。
写真右、どうなってるのかよくわからないのはグビジンイソギンチャク。虞美人、古代中国・楚の項羽が寵愛した美しい姫の名だ。
そんな名前が冠せられたイソギンチャク。写真で見る限りはどうしてそんなことなったのかわからないが、多分素人には推し量ることのできない謂れがあるのだろうと信じたい。
まさに副題の「水中に咲く花」という表現がふさわしいイソギンチャクたち。豪勢に咲き誇るオレンジ色、盆栽仕立てのようにも見えるピンク色、いずれも美しく名もなきイソギンチャクだ。
いや、本当はちゃんとついていたと思うのだが、名前をうっかり忘れてしまった。ただ、写真を見る限り、イソギンチャクは「まあいいよ」と言ってくれているように思う。
●勝手にしゃべりだすイソギンチャクたち
もの言わぬイソギンチャクたちだが、じっと見ていると何かを語りかけてくるようにも思えてくる。フレンドリーなもの、勝手に自分を爆発させているもの、それぞれいろいろだ。
水槽の中のイソギンチャク同士、それなりにコミュニケーションみたいなものもあるのだろうか。そこは狭いコミュニティだろうが、ギスギスすることなくのん気な会話を楽しんでいてほしいと思う。
適当にがんばれイソギンチャク
イソギンチャクにはやる気があるのかどうかを確かめに出かけた今回の展示。刺胞びっしりだったり、時には泳いだりと、思っていたよりは元気だったという感じだろうか。
むやみにアクティブでもそれはそれで困ったので、ちょうどよい具合なのではとも思う。
他にもかわいらしいもの、どうかと思うようなものなど、いろいろなイソギンチャクが展示されていたので、興味のある方はこの年末年始、そのゆらゆらっぷりに明け暮れてみるのもよいかと思います。
●千葉県立中央博物館分館 海の博物館
〒299-5242 千葉県勝浦市吉尾123 ※「イソギンチャクの世界」は平成17年1月10日まで